「あぢ〜。。」
24時間勤務という、入社から6年以上経っても未だに訳の分からない勤務体系で働いている僕は、昼に出勤した時は翌日の昼に退勤している。もちろん、朝の出勤なら翌日の朝、夕方なら翌日の夕方に退勤する。
暑くなってきた今の季節は、出勤の時も退勤の時も真昼間になるとしっかりと暑く苦しい。最寄り駅から家までまあまあ距離がある為、外を歩くのは非常に難儀だ。
今年はラニーニャ現象が延長したとされており、高気圧が日本に留まりすぎて暑くなるとされているが、蝉も鳴いていないうちからこんなにも暑いと......正直、先が思いやられる。
「〇〇(僕の名前)!」
最寄り駅に到着すると後ろからそんな風に声を掛けられた。意外と自分の家の最寄り駅で声を掛けられた事がないので、驚いて振り返る。
声だけで正直誰だか分かったが、振り返って、マスク越しでも何年ぶりでも、やっぱり誰だか分かった。高校の時の同級生の女友達だ。
「めっちゃ久しぶりじゃん!!元気だった?」
「元気なんかねえぜ。久しぶりだな!てか......え?」
声をかけてきた彼女は、おんぶ紐を前側にして赤ちゃんを抱えていた。赤ちゃんというか、大体1歳くらいの子だろうか。
「子ども産まれたんだっけ......?」
「えー!LINEで報告したじゃん!!」
「まじ!!?言われてみればされた気もする」
「ちゃんと覚えとけやあ」
そんな会話をした。正直LINEで報告された記憶が無いしされてないと思うんだけど、そもそもLINEを全然見ないのにTwitterとdiscordは見るみたいな、訳の分からないSNSの使い方をしている僕には何も言えなかった。
彼女は高校の頃、同じクラスで隣の席だった。クラス替えをしたばかりで互いに知らない同士だったが、とても仲良くなって、卒業までちゃんと仲が良かった。まさに元気ハツラツ、とても明るくて話しやすかった。男女混合の仲の良いグループに一緒にいて、放課後もよく一緒に遊んだ。
ちょうど今と同じくらいの季節のことだ。僕は五月病か夏風邪かは分からないが、教室でバテていた。その時の記憶が何故か今でも脳裏から離れずにいる。
「マスクあるの?保健室で貰っておいでよ!」
「マスク〜?別に喉痛いだけだよ」
「埃とか入んないようにだったり、咳が出なくても伝染るのを防いだり、マスクはした方がいいの!」
「あぁ、はい......」
具合が悪いのに何故か怒られている。でもその怒られは何だか心地よかった。
「何だか......お母さんみたいだな」
彼女は面倒見が良く、本当に頼りになった。
「ふふ、お母さんみたいっしょ〜」
そうやって高らかに笑う彼女の明るい笑顔は、その時の窓の外、入道雲がある夏の青空がとてもよく似合っていた。
「最後に会ったのっていつだったっけ」
「わかんないな〜、何か一回2人でご飯行ったよね笑」
「行ったな!入社してすぐぐらいだな」
「結婚もしてなかった頃だ」
彼女が結婚したと知った時、本当に驚かなかった。逆に驚かなかったことにびっくりした。彼女への恋愛感情があった訳ではないが、絶対良い人と寄り添って結婚もするだろうと確信していた。
「この子は......名前はなんていうの?」
「"しずく"だよ」
「しずくちゃん?」
「しずくちゃんだね」
「そうかぁ......本当にお母さんになったんだな」
多分、彼女と最後に会ってから気がつけば6年ぐらい経っている。高校の頃、そんなに会わなくなるとか、そもそも未来の僕らの事とか、考えもしていなかった。
「ふふ、お母さんになっちゃったね」
そう言って子の顔を見たまま笑う彼女の表情は、優しくて、落ち着いていて、そしてどこか寂しそうに見えた。
僕は高校生の頃、有り余るエネルギーを毎日爆発させながら生きていた。ずっと楽しく生きることに夢中だった。
大人になる途中、何回も失敗して、諦めることや、挫折なんかも沢山経験してしまった。
早く大人になりたいなぁと思いながら夢中で生きていたけれど、大人になればなるほど、後悔ばかりする生き物になった。
きっと彼女も、色々な大変な事があって、今も色々な事を抱えているのだろうと思う。わざわざ聞きはしないが、あまり明るいとは言えない彼女の表情がそれを物語っていた。
僕らは変わっていく。
理解してくれない大人なんて!と反発したりもしながら生きてきたが、気がつけば理解してもらう為の建前を用意して、人付き合いに失敗しないように生きるようになった。
あの頃の、毎日が楽しくて仕方ない!という気持ちは今、エネルギー切れを起こして揺れ動かなくなってしまった。それに気づくことも無かった。
彼女に会ってようやく、僕もエネルギーが切れている事に気づいたように思う。
あの頃のように、また毎日楽しくて仕方ない、また明日も楽しいことがあるかなと、うきうきしながら生きることが出来るだろうか。
きっと出来るだろう。
良くも悪くも、過去はなかったことにはならない。変わろうとすると大変だが、あの頃のようになるのなら、意外と大丈夫な気がするのだ。
じゃあまたね、と彼女と別れて帰路につく。
退勤して暑くて全てに疲れていたが、何だか無性に元気が溢れてきた。大人になって少し変わった彼女も、相変わらず僕に元気をくれた。
真上に到達した太陽の方向をふと見上げる。
入道雲がある夏の青空だけは、あの時の窓の外のように変わらずそこにあった。
らしさ / SUPER BEAVER