冷やし中華はじめました
これは高校生の時の話になる。
入道雲も熱線で貫くような、強い日差しの降る真夏の日だった。
高校一年生になった僕と、同級生だった中学の友人達で、夏休みの間に久々に集まって何かやろう、と企画していた。
ズバリ、「1人ずつ具を持って来て、冷やし中華を完成させよう!」というものだ。
小中学校とも同じ、幼い頃から長い時間を過ごしてきた僕たちの"絆ーKIZUNAー"・・・それがどれ程のものなのか、今一度証明する必要があった。
という謎の建前で、本当は高校に入って新しい環境に身を置いた僕ら全員が、今までと違う雰囲気に馴染めず、不安に思っていたのが大きな理由かもしれない。
当時はLINEも無くガラケーだった僕らは、一斉送信に全員の宛先を入れてグループLINEのように連絡を取り合い、ルールを設定していった。
・参加者は4人(僕、小島君、前川君、進藤君)
・小島君の家に集まる。一軒家で広く、平日昼は親も誰もいない為。
・1人が、同じ具を一種、4人分持って来る(具は自由)。
・但し、具の項目には"麺"も含まれる。
・持って来る具については、当日まで匂わせも裏での口合わせも禁止。
というものだった。一人ひとりが一体どんな具を持ってくるか分からず、被ったらやたらハムの多い冷やし中華が出来上がる可能性もある。
小島君「もしかしたら麺のない冷やし中華が出来るかもな笑」
小島君が笑いながらそんなことを言って、僕らも笑った。そんな事態になったら面白すぎるのだけれど、この軽い発言が後ほど、僕らを地獄に引きずり込む事になるとは思いもよらなかった。
当日を迎える。この日も熱い太陽光線が地表に降り注いでいた。
小島君の広い家に集合した僕らは、全員が全員、わざわざ透明のビニール袋なんかではなく、紙袋とか、ショップで貰える上質なビニール袋(ポケモンセンターとかで貰えるようなやつ)に入れ換えて、中身を悟られないように準備してきていた。
別にただ冷やし中華の具を1種類持ってきただけなのに、まるで狂気の沙汰でも始めるかのような不敵な笑みを浮かべつつ、円形になって腰を降ろす。
僕「まずは僕からでいいか?」
特にルールなどは無いが、自分が持ってきたものは一番最初に発表した方が良さそうだった為、先陣を切らせてもらうことにする。周りの皆も謎の不敵な笑みを浮かべたまま頷いた。
僕「僕が持ってきたのは.......こいつだ!」
ドサッ
麺×4人前
まるでポケモンでも繰り出すかのように、この会のメインとなるであろう食材を召喚して見せた。
周りの皆も驚いたような顔を見せていた。
小島君「これで、"麺のない冷やし中華"ができる心配は無くなった.......!ナイスだ」
小島君もそんな風に讃えてくれた。
でも他の2人は、浮かない顔というか、どこかぎこちない笑みだった。
前川君「.......次は、俺が出そう」
前川君がちょっと、いや結構元気のない様子で次鋒の立候補をした。何かがおかしい。しかしほかの2人も断る理由が無いようで、要望は受け入れられた。
前川君は紙袋から取り出したものを、おずおずとスライドさせながら中央に差し出してきた。
ススーッ
麺×4人前
なっ.......!?
どうしたことだろう。いきなり麺が8人前になった。
事態の変化についていけない僕らは、中央に集まった8人前の麺を見てフリーズした。
進藤君「お前らに残念な報告がある」
.......いや、言わなくても分かる。僕らはきっと皆して、事前の小島君の発言を思い出していた。
小島君「もしかしたら麺のない冷やし中華が出来るかもな笑」
この発言により、僕らは互いに「確かにあいつら、アホだから具のことばっかり気にして麺自体を持ってこないかもしれない」と思ってしまったのだ。
そうすると当然進藤君が持ってきた物が想像出来る。
もうとっくにご存知なんだろ?とでも言いたげに、ビニール袋から取り出した"それ"を中央に投げつけた。
ドサドサッ
麺×6人前
え.......?
いや.......確かに想像は出来たけど、進藤君が持ってきた麺の量はどう見ても多過ぎだった。
+2人前というのは数字の印象以上にバカにならないほど増えている。
前川君「お前.......っ!!てか多過ぎだろ!!!」
進藤君「俺はお前らが"足りねぇな"とか言いそうだなーと思ったんだよ!!同じように麺を持ってきたのが悪いだろうが!!!」
僕「14人前って1人あたり3.5人前だぞ!!具も無しに食えるか!!!」
そんな事をギャイギャイと言い合い、絆などは既に崩壊しかけていたが、僕らは途中でもう1人メンバーがいた事に気づいた。
小島君だ。小島君は僕らに対して得意げな笑みを浮かべている。まるで主人公の窮地に現れた強い味方のようで、後光が差しているようにすら見えた。
まあよくよく考えたら、麺が14人前になったそもそもの原因はこいつなんだけど。
小島君「任せとけ、お前ら」
手首にスナップを効かせながら、小島君は袋の中の物を軽やかに中央に投げた。
きゅうり 4本
麺じゃない.......!!麺じゃないぞ!!!
僕らはそれだけで歓声を上げた。これでまた麺が来たら麺が18人前揃うところだった。小島君は僕らのどんづまった状況を打開するファインプレーを見せてくれた。助かった.......!まあ、麺が14人前になったそもそもの原因はこいつなんだけど。
僕らが歓喜に湧いていると、小島君は更に袋から何かを取り出した。
小島君「あとこれ.......デザートにどうかと」
ドスッ
ミスタードーナツ×8個が入った箱
「「「..............」」」
ちょっとまあなんつーか、悪くないんだけれど、「炭水化物多すぎね?」感は確かにあった。
これで小島君が持ってきたのがフルーツ類なんかであれば、彼は英雄になれただろう。この辺りに彼の詰めの甘さが見られた。
しかし彼の詰めの甘さはこれに留まらない。
小島君「ちょっと待ってくれ、俺ん家、ガチでどこに包丁があるかわからない.......」
集合したのは小島君の家なので、完全に包丁を拝借しようと考えていたのだけれど、当の小島君が包丁がどこにしまわれているのか分かっていなかった。
台所を色々探してみたが、結局包丁がどこにあるのかは分からなかった。のちのち聞いてみたら棚の中に包丁専用のケースがあったらしい。どんな家だよ。
僕らの眼前に現れた"絆-KIZUNA-"は、こんな感じだった。
〇1人あたり
麺 3.5人前
きゅうり 1本(包丁が無い為そのまま)
ミスタードーナツ 2個
正直、これが「冷やし中華になります」と言われて出てきたら怒るだろう。
麺の異常な盛られ具合と、きゅうり1本が完全に別個で存在していること、何故か合盛りされているミスド×2。意味不明だった。
高校生の腹と言えど、ずっと同じ味の麺が延々と続くのは辛く、きゅうりが別になってるのも辛く、ドーナツには無事にトドメを刺された。
僕らは長い事一緒に過ごしてきたが、そこには"以心伝心"の欠片も無かった事が確認出来た。小島君の部屋のCDプレイヤーからはORANGERANGEの"以心電信"が流れていたんだけどな。かなり残念な気持ちになった。
夏になると、どうしても僕は彼らと作った冷やし中華(?)を思い出してしまう。
幼き日を共に過ごした彼らとは今やほぼ連絡を取っておらず、自衛隊になっていたり、ポケモン界隈でちょっと有名になっていたり、ヴィジュアル系バンドになっていたりと、各々が全く別の居場所を見つけて活躍している。
あいつらも思い出してんのかな、あの冷やし中華(?)のこと。
連絡を取ろうと思えば取れるが、普段から連絡を取り合っている訳では無い僕らが、夏になったら冷やし中華(?)を通して互いを思い出し合う。そんな"絆-KIZUNA-"を作れたのも、まあそんなに悪い気はしないな、と思っている。
僕「頂きます!」
冷やし中華はじめました、と書かれた定食屋で、また僕の夏が始まった。