暦の上ではオクトーバー
これは僕が大学生の時の話になる。
稲刈りも終わり、そろそろ長袖を着ていないと肌寒いぞ、となってきた頃、僕らの長すぎた夏休みは終わりを迎え、大学では後期授業が始まった。
大学の学部棟のラウンジで角山君が「今日は当たる気がする」と言って自販機でコーヒーを購入したら本当に当たりが出て、でも僕はもう買ってしまっていた為、同じコーヒーを2本机に置いていた。買い間違えたようにしか見えない。
何の授業を取ろうか角山君と考えていると、同じ学部の同期、真田君が現れた。真田君は県外から来ている人で、こう言っちゃなんだけど見た目は完全にチー牛のそれだった。
チー牛
まあ見た目のことはどうでも良い。真田君は結構感覚が独特で面白い男だった。
授業をただサボっただけなのに、「仏滅だから調子が悪くて」とか言ったりした。
彼女が欲しすぎた為街コンに行ったが、誰とも話さずに帰ってきた。
かまぼこが大好きだが、かまぼこが何でできているのか知らないまま食べており、餅の一種だと思い込んでいた。
等、ほかにも色々と癖のある男だった。
僕と、僕がよく一緒にいた角山君とも普通に仲が良く、一緒にモンハンばかりする仲だ。
真田君「何でコーヒー2つあんの?」
角山君「何か当たるかも、と思いながら押したら当たった」
真田君「まじかよ……仏滅なのに。」
正直、真田君のその反応もおかしいと思う。関係ないだろ。
僕「ところで夏休みはどうだったよ。」
てっきり「何もねぇわ」と言われると思っていた僕らは、彼の「それがさぁ……」にすらちょっと驚いてしまった。
角山君「何かあったのか!?」
真田君「バイト始めたんだよね、夏休み中に。」
話を要約する。
真田君は夏休みがあまりにも暇すぎて、バイトでも始めようかと思ったらしい。接客などした事がなかったけど、逆に良いと思って、居酒屋のバイトに申し込んだ。
1度面接しただけで即合格し、ブラックだったら嫌だな〜とか思っていたが、初日に来てみると何と女の子の同期がいた。僕らとは違う大学の子であるらしかった。そして同い年だった。
その子と行動する事も多く、話し相手もいなかった為必然的によく話すようになった。すると彼女もどうやらモンハンばかりしている子のようで、夏休み中暇になったからと、全く同じ理由でバイトを始めた子であったようだ。
そして、バイト外でもオンラインでモンハンしたりして、夏休み中にどんどん仲が深まってきたそうである。
僕「さすがに嘘だろ、いつでも引き返していいぜ」
角山君「そんな夢みたいな話はあるはずが無い、というか最近見た夢の話してるんだろ」
真田君のいつもの調子からして、正直真田君の妄想をずっと語られているのかと思った。
真田君「本当だから!しかも、しかもだ、今度デートすることになった……!」
僕「何っ……!?」
角山君「デート……!?」
真田君「2人で出かけることになったんだけど、どうしたらいいかわからないんだよ……!!」
街コンに行った事もある男が言うセリフでも無いような気がするんだけど、いざデートとなると、自分の領域外になってしまうようだった。
何なら、向こうから「水族館行きたいよね〜。行かない?」と提案してきたらしい。僕、地元に住んでるのに地元の水族館とか行ったことないんだけど。いや……一緒に行く人がいなくて……。
ちなみに(当時の)大原櫻子さんに似てるらしかった。ここからは櫻子さんと呼ぶ。
大原櫻子さん
こうして僕らは後期の授業の計画などは後回しにし、一応イケメンでオシャレの筆頭である角山君を頼りに服を買いに行った。ユニクロだったけど、角山君にセンスがあり過ぎてかなり良い感じに仕上がった。というか普通にユニクロは良い。
角山君「成功するといいな、頑張れよ。」
僕「羨ましい男だ、報告待ってるぞ。」
真田君「でもデートの日仏滅なんだよな……。」
関係ないだろ。
まあ真田君は良い奴だし、話すと面白いし、きっと大丈夫だろう。成功するといいな、本当に心からそう思った。
結局櫻子さんとのデートは成功したとの事で、後日報告を受けた。
本当に楽しかったという。真田君のことをどう見てるかは分からないが、櫻子さんは真田君の話に沢山笑ってくれたとの事だ。デートの成功の報告が、僕らも何だか嬉しかった。
ここからしばらく進展らしい進展もなく、と思いきやデートは何回かしてたみたいで、でも普通に友達感覚で出かけているような感じらしかった。
僕「何かこう……恋人としてとか、そういう感じは向こうに無いの?」
真田君「正直、あんま感じられないんだよな……本当に友達って感じだ。遊ぶけど、進展もなく平行線が続いてるよ。」
正直、この2人付き合わねーかなとか僕と角山君は内心思っていたんだけど、押し付けるのもなぁとも思って、言わないでいた。
雪は降っていないが、芯から冷えるこの感じは、もはや冬と言っていいだろう。もう12月だ。
いつものように大学のラウンジで角山君とモンハンをしていると、真田君が現れた。
真田君はどう見ても元気が無い様子だった。ていうか、普通に体調が悪いのかなと思った。
角山君「体調悪いのか?休んだ方が良いぞ。」
真田君「いや……実はちょっと色々あって……。」
真田君曰く、櫻子さんと仲違いしたとの事だった。
詳しく話を聞くと、ここにきて「好きな人いるの?」と聞かれ、「いるぜ(君の事だけどな)」と返したところ、「私も気になる人が出来たんだ」と言われたらしい。
真田君はともかく、櫻子さんの「気になる人が出来た」って、誰の事なのだろう。
真田君の「いるぜ」は思いっきり櫻子さんの事だったが、櫻子さん側もそうであるとは限らない。彼らは既に昔から仲の良い友達みたいだった。
互いに好きな人がいる事を打ち明けただけで、それは仲が良い友達だからこそなのか、それとも互いに互いの事を……。
そんな煮え切らない気持ちを抱えたまま、真田君の家に櫻子さんが来た時に、全く拒まれず、そのままキスをしてしまったらしい。
僕「えらい展開やないの。」
角山君「結局、互いに心は通じていたのか。」
真田君「正直……俺もそう思っていたんだ。それが……。」
長いキスが終わって、目の前に櫻子さんがいる。とてつもなく幸せだった、かのように思えた。
櫻子さんは泣いていた。
驚いて真田君が「大丈夫?」とか「どうした?」と右往左往していると、櫻子さんが泣きつつも話し出した。
櫻子さん「私たちって友達だよね、でもこんなの友達じゃないよね。真田君、好きな人がいるって言ってたのに、こんな事をしてていいの……?」
帰り支度をした櫻子さんは、その後、「じゃあね」の言葉を最後に、振り返らず帰っていってしまった。
真田君は外まで見送ることも出来ず、重く閉まった玄関の扉の前で力なく途方に暮れた。
真田君「それが……3日前、4日前?の話だ……。」
僕「まじかよ。」
角山君「それっきり、何のやり取りもしていないのか?」
真田君「それっきりだ……連絡もしてない。」
僕らの中に沈黙が流れる。客観的に見るとだけど、正直互いに好きだったんだと思う。でも互いに不器用で、綺麗にその矢印がすれ違ってしまっていた。
真田君「正直、俺が甘えた……てっきり通じてると思った。俺の『好きな人いるよ』は……君の事なんだって……だから……。」
今ってもう外で大雪が降ってたんだっけ?というくらい、ヒヤリとした空気が流れる。
ラウンジの自動販売機のごぉーーーという音が聞こえるほど、重く、えもいえぬ静けさだけが僕たちを包む。
その空気を打ち破ったのは角山君だ。
角山君「まあ……しょうがないんじゃないか?互いに友達であると強調しながら、今まで一緒にいたのが良くなかったな。」
僕「僕も……角山君の言う通りだと思う。またきっと新しいチャンスは訪れるよ。連絡も取らなかったのならどうしようもないし……。」
既に僕と角山君は諦めムードだ。言うべきか迷ったけど、櫻子さんの純粋な気持ちを振り回した真田君に非があり、自業自得であったように見えたのも大きい。ショックな状況の後だし、とても言えなかったけど。
しばらくの沈黙の後、真田君が消え入りそうなか細い声を出す。
真田君「……一応連絡してみたんだけど……俺がこれからやり直せる道はもう……ないのかな。」
暗い顔をする真田君に、僕と角山君は何か声をかけたかったが、かける言葉を見つけられないでいた。
授業を終えて、次の授業まで暇だから角山君の家でドンキーコング64のコングバトルでもしようかと話しながら大学を後にする。
僕「真田君も来る?」
負のオーラを纏っている真田君にあれから初めて声をかけた。
真田君「……あぁ、悪い。」
心ここに在らず、と言った様子の真田君が、スマホを見て目を見開いた。
真田君「返事が来た!」
僕も角山君も振り返って思わず硬直した。
真田君「……『今日これからなら会えるけど、明日から実家に用事があって帰るんだ』って……でも俺、今日バイトあるんだよなぁ……。」
僕「行けよ。」
人の恋路に口出しなんてしたくない。だけど思わず僕の口からこの言葉が出てしまった。
僕「行けよ。バイトも休めばいいじゃん。授業も出席したことにしとくから。さっき『またチャンスは訪れる』って話したけど、こんなチャンスなかなか無いよ。」
角山君「俺も今日は行くべきだと思う」
角山君は、何か検索していたらしいスマホの画面を真田君に見せつける。
角山君「今日は大安だぜ」
行ってくるよ、と言って振り返らずに走って行く真田君の背中を、僕と角山君は見向きもせず、見送った。
結局、真田君は櫻子さんに会って、無事に想いを伝えられた。そして、めでたく付き合うことになった。
真田君は会って開口一番、いきなり「俺が好きなのは櫻子さんなんだ!!!」と叫んだらしい。路上で。天下の往来で愛を叫ぶ男。
櫻子さんは「私も……私も好きです…!!」と、泣きながら真田君に想いを伝え、2人は抱き合った。何なんだそれは。青春過ぎる。
バイトを休んだ理由も、家族が亡くなった事にしたのに既にバレており、「2人が付き合えたんなら!」「本当に良かったねぇ」とか周りにニヤニヤされっぱなしだったようだ。
真田君「とにかく、お前らが背中を押してくれたおかげだと思う。ありがとうな、ほんとに。」
僕「興味ないな。」
角山君「ああ、俺たちは今ドンキーコング64にハマっているんだ。興味あるわけが無い。」
そう言いながらも僕と角山君は内心「クソが〜〜〜〜〜!でも良かったね」と思っていた。今回の真田君と櫻子さんのトラブルに対して、全く説得力が無いレベルで本当の気持ちを伝えられてない。
けれど、真田君にはその想いも汲まれていたようだ。幸せそうに微笑んでいる。
角山君「ふん…嬉しそうな顔しやがって、ほんとにむかつく野郎だ。」
角山君は思わず、悟空が魔人ブウを倒した時のベジータの台詞を吐いていた。
自分の知ってる人でも知らない人でも、他人の恋路に興味は無いって人も多くいて、もちろんその考え方は尊重されるべきで、否定すべきものではない。
僕もそのスタンスを取るつもりでいた。他人の恋路なんかに口出しして、嫌な方向に転がったら当然バツが悪い。
それでも、その責任の一端を僕が背負ってもいいくらいに、あの時の僕は真田君の背中を押したかった。
真田君はあの時落ち込んでいて、自暴自棄にすらなりかけていた。だけど、彼らが仲睦まじく楽しそうに遊んでいて、それを真田君が嬉しそうに話していた時の事を思い出すと、言葉をかけられずにはいられなかった。もしかしたら届くかもしれないチャンスを、諦めて欲しくなかった。
成功しても、失敗しても、僕は真田君とは友達なのだから。
それからの真田君は、冒頭で「チー牛」なんて例えたのが嘘みたいに、見た目も痩せてどんどんカッコよくなっていった。人と付き合ったりすると、というか好きな人が出来ると、人ってこんなにも変われるんだね……と驚いた。
彼らはもはや付き合ってから7年とかそこらになる。小学生が入学して卒業してしまうぐらいだ。
僕も年1、2くらいで2人ともと会っているけど、いつまでも仲が良いなぁと思う。運命の出会いだったのだろう。ほんとにむかつく野郎だ。
正直いつ結婚するんだろうと思うのだけれど、別に彼らの背中を押す必要なんて無いかなと思う。
真田君は僕のTwitterの笹垢も知っているので、この文章を読んでいるとするなら、一応伝わって欲しいなと思う事がある。
真田君の誕生日は11月7日だ。僕と誕生日が近かったのでよく覚えている。
今年の11月7日は、大安だぜ。