正解だけが答えじゃない。
つい昨日まで半袖を着ていた気がするのに、もう厚手のパーカーを着るような季節になってしまった。一年はどんどん短く感じるようになり、もはや「クリスマスってもう過ぎた?」と聞く頃には年すら明けてそうだ。
僕「なんか悩んでんの?最近顔色悪いし」
元気のない会社の同期に、車のハンドルを握りながら僕は尋ねる。
同期「実は……」
そもそもこの同期を僕は「スーパー銭湯のサウナでも行こうぜ」と騙して県外までドライブ旅行に連れてきてるので、スーパー銭湯行こうとしたら拉致されて……とか言われたらどうしようかと思った。
元気のない同期の事の顛末はこうだ。
同期には3年くらい付き合っている彼女がいた。もちろん結婚する前提でだ。
その彼女が、心臓の病気でペースメーカーを入れることになったらしい。
彼女は別に、心臓が弱いということは今まで気づいていなかった。めまいや息切れが起こるようになり、病院で心臓の弱さを指摘されたらしい(詳しくはよく分からないが)。
そうなるとこれから、子どもも産めなくなるということになる。万が一大量に出血してしまえば死に繋がる可能性も高い。
つまり、同期とこれから結婚したとしても、子どもはいない家庭を形成するということだった。
同期は今、その選択に迫られている。
僕「めちゃくちゃ重い話じゃねーかよ」
僕はてっきり、納豆の醤油とかのマジックカットってピリリとうまく切れずに大体ぐにーんって引き伸ばしちゃうよな、とかそういう悩みかと思っていた。
正解は分かっているんだ、と同期は言う。
同期「『子どもが産めなくなったとか関係ない、それでも俺はあなたを愛しているから。結婚しよう。』が正解だろう」
僕「おお!めちゃくちゃカッコいいじゃん!」
同期「でも俺……子ども好きでさ」
僕「まあ……うーん」
僕たちはまだ28歳だ。インターネットじゃおっさんおっさん言われるようになったけれど、社会から見ればまだ若い。
僕だって別に彼女がいるわけでもないし、同い年の同期もこれからまた新しい出会いを求める事だってできる。
しかし同期の心情からすれば……察するにあまりあるが、『今の彼女が子どもを産めなくなったから別れる』という選択にもなるという事だ。
その選択は、誰がどう見ても不正解だろう。
同期「……まあそもそも、かなりメンヘラだから合わなくて別れたかったんだ既に」
僕「いや結局それが理由なのかよ」
同期「それが理由だけど、彼女や周りはそうは行かないだろう。向こうの親にも会ったことあるしな……」
僕「……」
少し赤く色づき始めた山肌を右に見つつ、僕は左にハンドルをきる。
当然、僕はそのような状況になった事がないから分からない。
僕が伝えられるのは、何だかんだ6年も同じ会社にいて、こうやってプライベートでも日が合えば遊ぶような、互いの誕生日を祝うような、そんな関係になった友人として思うことだ。
僕「……別にいいんじゃないか?自分に正直に行けば」
同期「でも、彼女も傷つけるし、周りの人にも何と言われるか……」
僕「気にするなよ、僕だってずっと正解の道だけ進んできた訳じゃないし、何なら今までだと8:2で失敗の方が多いわ」
ずっと正解だけを選んで生きてる人間などこの世に存在しないだろう。誰もが数回は「ありゃ失敗したな……」と思う瞬間が必ずある。大盛りにしなきゃよかったな、とかそんな事が絶対にある。
僕「正解だけが答えじゃねえよ」
同期「……そうだな」
僕「てか別に失敗じゃないしな。自分の人生なんだから、自分に正直に生きてないと、正解を選んだとしても結果上手くいかなくなりそうだし。」
現代に繋がる科学の革新的発見も、こうするとうまくいかなかった、こうすると失敗する、という失敗経験を土台にして成り立っている。
答えがたとえ正解じゃなくても、次に活かせば良いし、次は成功するように生きれば良いのではないかと思う。
助手席で頭を抱えて悩む同期を尻目に、カーナビからは「山形県に入りました」という声がした。
結局、同期は彼女と別れた。
あまり詳しくは聞いていないが、その別れは壮絶なものであったらしい。しばらくは顔がさらに青ざめていた。
もし、この事がインターネット上でネットニュースになったとしたら、「子どもが産めなくなったと知った途端別れる男」など、確実に炎上しただろう。
しかし、僕らはこうなった経緯を知っている。
炎上しても仕方ないよね、と思えるだろうか。庇ってしまいたくはならないだろうか。
このまま気持ちを隠して結婚して上手くいった?理由は別にもあるというのに?2人の関係の積み重ねの結果なのに?と思うだろう。
インターネット上で炎上している事も、そんな事の連続なのではないかと最近思う。
表面的な部分だけを見て、その経緯にすら触れず「子どもが産めなくなったと知った途端別れる男」を叩くだろう。
そして普通に考えれば〜などと正解を語り、承認欲求を満たし、気持ちよくなる。
画面の奥の実在の人物の、悩みや葛藤など知りもせずに……。
まあ、SNSでの炎上なんてそのSNSを見なきゃいい話なのかもしれないけど。
2年後。
僕たちはもう30歳になった。30歳になったら年明けには「クリスマスってあった?」となると思いきや、もう成人式が行われていた。
僕「最近はどうよ、調子は」
同じように僕は同期に尋ねる。今日こそ普通にスーパー銭湯に向かっている。雪が降りすぎて遠出したくなくて。。
同期「言ってなかったけど、俺結婚するよ」
僕「え!?今のあの彼女と!?」
同期「うん」
そう言う同期の顔色はとても良かった。今の彼女とは、もちろん前に別れた彼女とは別の人である。
良かったなあ本当に良かったなあとか、僕にはそんな事しか言えなかった。
あの時の答えは正解じゃなかったかもしれない。僕にも分からない。
でも確かにあの時沢山悩んで、答えは出した。
それが今に繋がったのなら、それはもう本当に良かったなあとなる。こんなに素敵な事はない。
僕は友人として、彼の選択に自信を与えられるよう背中を支え、時には押すというだけだ。
僕「じゃあもう、悩みからは解放されてさっぱりしたんだな」
同期「いや〜、それでも結局悩みはあるよ」
僕「あらそう?今度はなんだよ」
結婚に関しての悩みだったら僕は結婚してないしわからんよ、と言うと、同期は重い口を開く。
同期「カップ麺の液体スープのマジックカットって、なんかピリリとうまく切れずに引き伸ばしちゃうよな」
それはそう、と僕は声を荒げた。
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